
01 Jan 2019 Holy Name of Jesus
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
ちなみに私はAdventの最初の日曜日、教会の礼拝の暦の新年が始まった、12月2日にも、皆さんに新年のご挨拶をいたしました。
世間一般の新年は、教会からほぼ一月遅れてやってくるので、ほぼひと月の間に2回、新年の挨拶をすることになるわけです。
さて、日本の世間一般に、お正月にまつわる「伝統行事」とか、「伝統的習慣」とみなされているものがあります。
もっとも代表的なものとして年賀状、初詣、そしておせち料理の三つ挙げることができます。これらのものは、日本のお正月に欠かせないものであるかのように思われています。
ところが、多くの日本人が「お正月の伝統的習慣」と考えているこれらのものはどれも、伝統的と言えるほどのものではありません。あえてそれらを「伝統」と呼ぶのなら、それらは極めて新しく、なおかつ人為的に作られた「伝統」です。
そもそも、私たちが現在用いているグレゴリオ暦が導入されたのは、1872年、明治5年のことです。この同じ年に、新橋と横浜の間で鉄道が開業しますが、この鉄道会社こそが、「お正月の伝統行事」初詣の火付け役です。明治以前に初詣なるものは存在しませんでした。
実は、初詣の発祥の地は川崎大師です。川崎大師では毎月21日に、弘法大師にゆかりの日として縁日が行われていました。グレゴリオ暦が採用されてからは、1月21日の初縁日が人気を集めるようになりました。川崎大師の人気に便乗して鉄道会社が鉄道利用者を増やそうと、川崎大師詣でのキャンペーンを開始します。その成功を見た他の神社・仏閣と鉄道会社もこれに便乗し、初詣は「日本の伝統的お正月行事」となりました。
年賀状は郵便事業のキャンペーンの結果、お正月の伝統的習慣となり、おせち料理はデパートの販売促進キャンペーンの結果として、お正月の伝統的食事となりました。
バレンタインデーがチョコレート会社の販売戦略の結果として普遍化し、その成功に便乗しようとした菓子業界が結託し、バレンタイン・デーのチョコレートのお返しをする日としてホワイト・デーなるものを作り出し、これが「新しい日本文化」になったのと同じ構図です。
恐ろしいことに、こうした金儲けの道具として始まったに過ぎない「新しい伝統」は、多くの人を奴隷にし、支配します。怪しげな伝統が、いつ、どのように、なんのために始まったかと問われることはほとんどありません。そしていつの間にか、お正月におせちがあること、年賀状を出すこと、そして家族で初詣に行くことが、日本人にとって、当たり前のことと見なされるようになりました。
それらの「伝統」に疑問をさしはさんだり、あるいはそこから足を洗おうとすると、それは「和を乱す」行為として非難されたり、家族や親戚から嫌がらせを受ける理由になることさえ珍しくありません。
聖書が明確に語っているとおり、イエス・キリストを通して神の子どもとされるまで、私たちは伝統や文化に寄生する悪しき諸霊の奴隷です。しかし契約の民に属さず、まことの神を知らず、救いの希望を持たなかった異邦人のもとに、パウロはイエスの名を宣べ伝えました。そして、パウロの後継者たちの働きによって、この地に住む私たちも希望の福音がもたらされました。
こうして私たち異邦人も、イスラエルの民にご自分を現されたまことの神を知り、イエス・キリストを通して神の子とされ、喜びにあふれて、神を賛美する喜びに与るものとされたのです。
私たちが召されたのは、信仰による従順、主、イエス・キリストへの従順へと私たちを導き、伝統や「文化」の陰に隠れて働いている、悪の諸霊から解放するためです。この世の神の奴隷だった私たちは、パウロの後継者たちによってもたらされた福音を聞き、イエス・キリストの僕とされ、神の子とされ、救いを得ました。
そうであるなら、私たちはもはや、この世を支配する悪の諸霊の下にはありません。私たちは、イエス・キリストを通して、この世の神が支配する文化から解放されたのです。
この新しい一年の歩みを通して、主イエス・キリストへの従順において私たちがますます成長することができるように、主の恵みと導きを求め、共に祈りましょう。