復活節第二主日説教

28 Apr 2019  Second Sunday of Easter

ヨハネ福音書によれば、復活のキリストが十二弟子の残りの者たちに姿を現された時、どういうわけか、トマスだけがそこにいませんでした。

ちなみに、十二弟子の一人であったイスカリオテのユダが首を吊って自ら命を絶ってしまったので、十二弟子から一人欠けて、11人が残りました。後にこの欠けた一人を満たすために、クジを引いて、マッテアが補充される場面が、使徒言行録1章に記されています。

トマスは「私たちは主を見た」という他の弟子たちの言葉を決して信じようとはせず、こう言います。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」証拠も無しに信じはしない。トマスの姿勢は、近代的批判精神として賞賛され、懐疑主義者トマスという称号が彼に与えられました。

しかし、実際には、トマスだけが健全な批判精神を身につけていて、残りの10人はアンポンタンだったわけではありません。ペテロもヨハネも、他の弟子たちも皆、甦った主が現れたからこそ、復活を信じました。トマスだけが批判精神を身につけていたわけでもなければ、彼が特に不信仰なわけでもありません。

復活のキリストは、他の弟子たちにご自分を現されたその一週間後、今度はトマスもいるときに、再びご自分を現されました。場面設定は同じです。今回も、主が現れるのは、「週の初めの日」に弟子たちが集まっているところです。そして、家には鍵がかけられています。その真ん中に、復活の主が来て立たれます。そして、1週間前に弟子たちの前に現れた時と同じように、ご自分の手とわき腹とを示しながら、トマスに向かって、こう言われます。

「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」

どうもトマスは、自分が要求した証拠の確認作業を実行に移さなかったようです。トマスは復活の主に対して、「わたしの主、わたしの神よ」と答えます。ここには、ヨハネ福音書の背後にある信仰共同体、教会の信仰告白がこだましています。

「わたしの主、わたしの神よ」というトマスの言葉に、イエス様は「わたしはただの人間なのだから、わたしを神と呼んではなりません」とは言いません。むしろ、それを当然のこととして受け止めた上で、こう言われます。「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」

復活のキリストを、直接見ることは無くとも、復活の主を信じ、「わたしの主、わたしの神よ」と言って、キリストの御名を称え、祈り、礼拝をささげる者は幸いだ。イエス様はそう言われているのです。

ここには明らかに、ヨハネ福音書の共同体の現実が反映しています。ヨハネ自身が所属している会衆は、イエス・キリストに祈りと礼拝をささげる共同体として、週の初めの日、日曜日に集まっています。そして、そのメンバーのほとんどは、復活の主を見ること無しに弟子となった人々です。

イエス・キリストから、「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである」と言われるトマスは、他の弟子たちと私たちとの間に立つ、特別な復活の証人です。

 「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」この言葉は、トマスだけでは無く、復活のキリストを見ずに信じて弟子となる、すべての人に向けて語られている言葉です。

使徒たち以後の人々、復活のキリストの姿を直接見る特権を持たない人々は、一体どこで、どのようにして、復活の主に出会うのでしょうか?

まず、福音を証しする人が必要です。復活のキリストの姿を直接見るという特権を持たぬ人々は、すでにキリストの弟子として歩んでいる人の「証し」を通してしか、「イエス・キリストについて」知ることはできません。しかし、「イエス・キリストについて知る」ことと、「イエス・キリストに出会い、彼の弟子となる」こととの間には、踏み越えるべき大きな一歩があります。イエス・キリストについて知る者が皆、クリスチャンになるわけではありません。

使徒たち以後の人々は、イエスの名によって集まり、共に食事をし、共に祈りをささげ、共に喜び、共に苦しみ、共に笑い、共に泣く人々の中で、イエス・キリストに出会います。

本来、主の日にイエスの名によって集まることには、共に食事をし、祈り、喜び、悲しみ、笑い、そして泣く、そのすべてがありました。そしてその中にこそ、キリスト・イエスがおられました。

残念ながら、教会は歴史の流れの中で、最初の素朴さと単純さを失っていきました。礼拝はローマ帝国の帝国儀礼となり、荘厳に、そして華やかになりました。礼拝が華やかになり、荘厳になるのと並行して、主の日の集まりの中心にあった食事は、それがもともとは食事であったということが、ほとんど見えなくなるほどに象徴化され、抽象化されました。

ナザレのイエスが行くところには、パーティーがつきものだったのに、礼拝の荘厳さのために、祝宴の喜びは消し去られてしまいました。皮肉なことに、荘厳で美しい礼拝は、人々が復活のキリストに出会う場ではなく、むしろ人々をキリストから遠ざける場になっているようです。それは荘厳であるゆえに敷居が高く、近寄りがたいものです。

さらに悪いことに、荘厳で美しい礼拝の中で、仰々しい式服に身を包んだ司祭やアコライトの姿は、罪人と共に食事をするナザレのイエスよりも、むしろイエス・キリストに敵対した祭司長や律法学者の姿と容易に結びつきます。一体誰が、チャズブルをまとい、マイターをかぶったイエス様の姿など想像することができるでしょうか?

教会がささげる礼拝は、単に、神にささげるものではありません。それは復活の主と出会うところであり、この主によって罪の力から解放されたた喜びが溢れるところです。教会の礼拝にとって最も重要なことは、そこでイエス・キリストご自身が現されているかどうかです。

そもそも聖餐式が礼拝の中心と見なされるようになったのは、イエス様が宣べ伝えた神の国は、イエス様が主催する祝宴であり、主の名によって集まって共に食事をする時にこそ、復活の主が現れるからです。

復活のイエス・キリストは、パンとぶどう酒の中に現れるのではありません。食事の場に、その全体に現れるのです。本来の食事の中にあるべき要素、おしゃべり、笑い、歌、喜び。そういったものが無くなれば、それはもはや食事ではありません。そうすれば、共に食事をする中に現れる復活の主も見えなくなります。

教会の礼拝を、人々が復活のキリストに出会う場とするために、最初の素朴さと単純さを、祝宴の喜びを、取り戻すべきときに来てはいないでしょうか?