降誕日主餐式 説教

25 Dec 2019


イザヤ 52:7-10; ヘブライ 1:1-12; ヨハネ 1:1-14


皆さん、クリスマスおめでとうございます!


日本で生活する教会と接点のないほとんどの人々にとって、クリスマス・シーズンの代名詞と言えば、街を飾るイルミネーションでしょう。インターネットで検索をかけてみますと、全国のクリスマス・イルミネーションの人気ランキングなるものが沢山出てきます。

例えば、東京近辺ですと、表参道、恵比寿ガーデンプレイス、丸の内、東京ミッドタウン、横浜赤煉瓦倉庫などが人気のスポットのようです。冬の寒く日の短い季節に、街のイルミネーションが人々を惹きつけるのは、私たちの中に、闇を照らす光への憧れがあるからでしょう。

そして暗闇は、私たちの心の内に、恐れを引き起こします。


私は東京に戻ってきてからは、車を運転していませんが、スコットランドにいたときは、毎日のように運転していました。普段は昼間、明るい時間にしか車を走らせることはなかったのですが、ちょっと遠出をした時などに何度か、夜道を走ることがありました。

向こうの田舎の道には電灯がまったくないので、夜になると、本当に真っ暗になります。車が通らない、夜の道で運転をしていると、あまりの暗さに、なんとも言えない恐怖を覚えます。ですから、たまに対向車の光が見えたり、小さな町や村を通るときに、通り沿いに明かりが見えると、心底、ほっとします。

暗闇の中に輝く一筋の光は、文字通り、心の中から恐れを取り除いてくれます。多くの人たちが、クリスマスのイルミネーションに憧れるのは、それが単にゴージャスだとか、美しいというだけではなく、闇を恐れる心が、光によって癒されことを知っているからでしょう。

しかし、今朝の福音書朗読の中にあるように、この世には闇があり、私たち人間は、闇を愛することさえあります。

例えば、私たちがその中に生きている、グローバル経済というものは、世の闇の一つの姿です。それは最も裕福な者が、どうしたらさらに富を蓄積できるかを考えて組み上げられており、私たちが享受する経済的豊かさの背後には、常に、深い闇が隠れています。

私たちの豊かさは、多くの人々の貧しさに寄生して成り立っている豊かさですが、私たちは自分が享受する豊かさの背後に、搾取という闇があることを隠しておこうとします。いえ、それどころが、現代のグローバル経済は、この闇を正当化することで成り立っているのです。

そのとき私たちは、まさに、闇を愛しています。

例えば、アフリカのコンゴという国は、スマホやタブレットを初めとする最先端のガジェットを動かすバッテリーに必要不可欠な、コバルトという希少金属の3分の2を産出しています。

コバルトの8割は巨大な採掘企業が採掘権を牛耳っていて、機械で採掘をします。その利益は企業が独占し、コンゴの人々がその恩恵に与ることはありません。

さらにコンゴで採掘されるコバルトの残り2割は、おおよそ15万人の労働者によって採掘されており、その比率は年々上がっていると言われます。

そして、コバルトを採掘する労働者の中には、7歳の子どもをはじめとして、4万人の児童労働者がいます。彼らは1日12時間、コバルトの原石を求めて、真っ暗で小さな穴の中に身を屈め、崩落して命を落とす危険と隣り合わせで働かされています。

皆さんは、この過酷な労働によって、彼らが一体いくらの賃金を得ると思いわれますか?

彼らが「労働の対価」として受け取るのは、その日の食事と、寝る場所だけです。それが、彼らが受け取る賃金の全てです。これはごく一部の者たちが豊かさを享受し、圧倒的大多数を貧しくする、グローバル経済という光の影にある深い闇の、ほんの一例にすぎません。

神は、光に憧れ、同時に、光を恐れ、闇を愛する世界に、私たちを照らし、導くために、まことの光、イエス・キリストを遣わされました。

そして、このまことの光は、命を与える言(ことば)でもあります。神がまことの光、命を与える言(ことば)、イエス・キリストをお遣わしになったのは、この方を通して、世界を修復し、そして神の天地創造の業を、完成へと導くためです。

まことの光、イエス・キリストは、闇の中で方向感覚を失い、どこに向かって行けばいいのかわからない私たちの足元を照らし、導かれます。私たちの心の中にある恐れは、この光によって和らぎ、癒されます。

そして、イエス・キリストによって照らされた者たちは、暗闇の中で恐れる人々を癒し、励ます、小さな光として、世に遣わされます。

命を与える言(ことば)によって、新しい命を与えられた者たちは、命を保つために富を独占しようとする誘惑から自由にされ、命を分かち合う者として、生きることに困難を覚える人々のもとに遣わされます。

このようにして神様は、まことの光によって闇を照らされ、命の言(ことば)によってまことの命を受けた者たちを通して、世界を修復し、創り直そうとしておられるのです。

クリスマスを祝うためにここに集った私たち一人一人を、まことの光が照らしてくださいますように。命の言葉が、新しい命に私たちを生かしてくださいますように。

そして私たちを、イエス・キリストを通して神が始められた、世界を癒し、修復し、創り直す働きのために用いてくださいますように。

クリスマスおめでとうございます。