10月5日(水)中高礼拝 説教

10月5日(水) 中高礼拝 ルカ6:17-26

今朝の聖書箇所を聞いた後に、もしかしたら皆さんがイエス様に対して抱くかもしれない「誤解」を、あらかじめ解いておきたいと思います。

まず、イエス様はまったく禁欲的な人ではありませんでした。

苦虫を噛み潰したような顔をしながら、喜び楽しんでいる人々に向かって、「楽しそうにしていられるのも今のうちだ!お前たちはいずれひどい苦しみに遭うんだ!覚悟しろ!」などと言う人ではありませんでした。

実は、イエス様はパーティー大好き人間でした。イエス様はパーティーに呼ばれたら、誰の家にでも、ノコノコ出かけて行きました。そして、誰の家に行っても、よく食べて、よく飲み、よく喋りました。そして、恐らく、よく踊ったはずです。

だからこそイエス様は、反対者たちから「大食漢で大酒飲み」「徴税人や罪人の仲間」と悪口を言われていたのです。

それから、皆さんは今日の箇所を読んで、「イエス様はお金持ちのことが嫌いだったに違いない」と思われるかもしれません。ところが、必ずしもそうではありません。

巡回伝道師だったイエス様は、自分の家も、財産も持ってはいませんでした。
しかしイエス様と十二弟子たちに宣教活動の拠点を提供し、食事を提供し、そして旅の途上で必要な食事を買うための経済的サポートを提供したのは、経済的に豊かな弟子たちでした。

イエス様と12使徒の、最低でも13人の男たちに食事を振る舞い、そして寝る場所を提供することができるのはどんな人か。その人がどんな家に住んでいたか。皆さんも容易に想像がつくでしょう。

ですから、イエス様は、お金持ちだからという理由で、お金持ちを嫌っているわけではありませんでした。しかし同時に、イエス様が貧しい人々や、病に苦しむ人々を非難するということは決してありませんでした。

イエス様は、憐れみの心の無い金持ちたちこそが、この世の多くの苦しみを生み出す張本人だということを、よく知っていました。

イエス様は、神の国が完成するときには、この世のすべてが転倒する、ひっくり返ると宣言していました。

そしてイエス様は、神の国の宣言を聞いても、憐れみの心をおこすこともなく、貧しい人々の苦しみには無関心で、自分のために富を蓄えることしか考えていない人々に怒りを燃やし、徹底的に批判したのです。

その結果、イエス様は、自分たちが金持ちになれたのは神の祝福だと思っている人たちに憎まれ、十字架にかけられて殺されてしまいました。

しかし神はイエス様を甦らせます。イエス・キリストの復活というのは、彼が宣べ伝えた神の国のヴィジョンを、神ご自身が承認したということです。
だからこそ私たちは、今でもそのヴィジョンを生きようとしているのです。

そのヴィジョンがミッションと呼ばれます。

そして皆さんは、神様に呼ばれて、イエス・キリストのヴィジョンをミッション、使命として掲げる学校で学んでいるのです。

ここで学び、ここから遣わされていく皆さんを通して、 今飢えている人々が満たされ、今泣いている人々が笑うようになったなら、この学校はイエス・キリストから与えられた使命を果たしていることになります。

飢えている人々が満たされ、泣いている人々が笑える世界を作るために、ここで学び、ここから遣わされる皆さんを、神様が豊かに用いてくださいますように。