







2022年10月23日(日)聖霊降臨後第20主日
エレミヤ 14:7-10, 19-22; IIテモテ 4:6-8, 16-18; ルカ 18:9-14
今年の5月の初め、カンタベリー大主教のJustin Welbyが、その約2ヶ月後にはローマ・カトリック教会の教皇フランシスコが、カナダを訪れました。
教会の指導者が相次いでカナダの地を訪れたのは、先住民に対して教会が行って来た犯罪行為を認めて謝罪し、ゆるしを求めるためです。
カナダ政府と教会とが一体となって、カナダの先住民に対して行って来た恐るべき犯罪行為の舞台は、「インディアン寄宿学校」と呼ばれる「学校」でした。
1870年代以降、15万人以上の先住民の子どもたちが、政府から資金提供を受け、教会が運営する学校に通うことを強要されました。1894年以降になると、子どもたちは文字通り拉致されて、親の元から引き離され、教会が運営する寄宿学校に送り込まれるようになりました。
教会が運営していた寄宿学校は、単なる教育制度ではなく、意図的な、文化的虐殺政策の要を担う装置でした。そこで、先住民の子どもたちに対して、激しい暴力と、ありとあらゆる虐待行為を伴う「同化教育」が施されたのです。
先住民の子どもたちは、自分たちの言語を奪われ、寄宿学校のクリスチャン教員から、「お前たちは悪魔の子どもだ」と教えられ、先住民としてのアイデンティティーに関わる全てを蔑むことを教えられます。
その上で、英語と、キリスト教と、白人の習慣が強要され、「同化教育」を受けた暁には、先住民の人々は頭を上げて歩くことができないほどに、自らの存在を恥じるようになるのです。
カナダ全土には、最低でも139のインディアン寄宿学校がありましたが、その跡地からは、身体的虐待、心理的虐待、性的虐待、ネグレクト、拷問、栄養失調によって命を落とした先住民の子どもたちの埋葬場所が次々と発見されています。
少なくとも6千人の先住民の子どもたちが命を落とし、すでに4千人以上の遺体が確認されていますが、学校の跡地から見つかる埋葬場所には、墓標すらありません。教会とカナダ政府が、子どもたちの死を隠そうとしていたことは明らかです。
15万人の子どもたちのうちの6千人が学校で命を落とす。その異常さと残虐性を理解するために、一つの数字をご紹介いたします。
第二次世界大戦中に従軍したカナダ人の死亡率は、26人に1人です。戦争に行ったカナダ人の26人に1人が命を落としたわけです。それに対して、「インディアン寄宿学校」に送られた子どもたちの場合、25人に1人が死亡しています。
戦争に行って命を落とす確率よりも、インディアン寄宿学校に送られて命を落とす確率の方が高いということです。
サスカチュワンにあった最後のインディアン寄宿学校、聖ミカエル・インディアン寄宿学校とゴードン・インディアン寄宿学校が閉じられたのは、1996年、わずか26年前のことです。
今朝の福音書朗読で、イエス様は、神殿で祈る二人の人物、ファリサイ派の男と徴税人のたとえ話を語ります。
ファリサイ派の男は、当時のイスラエル社会において、誰が見ても、神の前に正しく歩んでおり、祝福を受けるに値するとみなされている人物です。
それに対して、徴税人は「奪い取る者」「不正な者」「姦淫する者」であり、断食もしなければ、神への献げ物すらまともにしない、神に呪われた、裁かれ滅ぼされて当然の人間だ。そう誰からも思われている存在です。
しかしイエス様は、誰からも「正しく、神様の祝福を受けるに値する」と見做されているファリサイ派の男は神に退けられていて、絶対に神様に受け入れられることがないと見做されていた徴税人が、神様に「正しい者」として受け入れられたと宣言します。
イエス様はここで、「自分が何かをしたから、神様の祝福を受けられるんだ」という考えを、全面的に否定しています。
これはユダヤ教そのものを否定することです。なぜなら、神の掟である律法に従って生活し、聖くなり、神の祝福を受けることを目指す生き方こそがユダヤ教だからです。
しかしイエス様は、「掟を守ったから、自分は聖いから、神様の祝福を受けられるんだ」と語ることを、絶対に許しません。
恵みが恵みであるのは、それが報酬ではないからです。自分の働きに対する対価ではないからです。
恵みが恵みであるのは、祝福が祝福であるのは、私たちが成し遂げたことに対する対価ではなく、神様が一方的に、無条件に与えてくださる賜物だからです。
しかし、「自分が何かをしたから祝福を受けた」、「自分が正しいことをしたから救われた」、そう語り始めるとき、祝福は報酬に、救いは自分の業に対する対価になります。そして、恵みが対価になり、祝福が報酬になるとき、略奪への道が開かれます。
単純化して言えば、「正しいことをしたから祝福を受けた」とか、「掟に従っているから恵みを受けた」と語り始めた瞬間に、人は「恵みの独占」を正当化し始めます。
もう少々理屈っぽく言えば、「倫理的に、道徳的に、他の人よりも優位に立っている」と語ることが、恵みの非対称性を正当化するためのレトリックになるのです。
1493年の5月4日、時の教皇アレクサンダー6世は、 “Inter Caetera” という勅書を発表します。そこには、「キリスト教を広めるために」、ポルトガルとスペインが、アフリカ大陸とアメリカ大陸で領土を拡大することを認め、教会がその後ろ盾となるということが語られています。
それは、「キリスト教徒の住んでいない土地を収奪し、野蛮な民族を打ち倒し、彼らを奴隷とし、キリスト教を強制すること」を、教会が認めるという宣言です。
この勅書の内容は、カナダの植民地化と先住民の「同化政策」にカトリック教会が積極的に関わり、インディアン寄宿学校の70%の運営を担う根拠となりました。
アメリカ大陸でも、アフリカ大陸でも、先住民たちは、たとえ「言葉を話す」ことができるとしても、キリスト教世界からやって来た人間たちの倫理的・道徳的基準に達しないが故に、「人」とみなすに値しないとみなされました。
更に、クリスチャンが先住民の土地を自分のものとすることや、彼らを奴隷として使うことは、倫理的に優れた自分たちに対して神が与えられる「祝福」と見なされました。
「より高い基準に従って生きている」、そう思うようになった人間たちは、「道徳的に劣っている」とみなす人々に対して残虐非道なことをし、非人間的な扱いをすることが許されると思うようになるのです。
倭人がアイヌから蝦夷の地を略奪するときにも、同じような論理が働いています。
アフリカ大陸の人々にとっても、アメリカ大陸の人々にも、キリスト教は福音としてではなく、征服と奴隷化をもたらす暴力として、身体、言語、文化の破壊者として到来しました。
教会は、ナザレのイエスならば絶対に認めないようなことを、アメリカ大陸でも、アフリカ大陸でも、キリスト教の旗印を掲げて行ってきました。
その原因は、ファリサイ人と同じように、教会も、恵みを対価とみなし、祝福を報酬とみなすようになったことです。
福音を福音として語り、神の国のヴィジョンを生きることができるのは、与えられている恵みを、自分の業に対する対価としてではなく、神様が無条件に与えてくださった贈り物として、賜物として見ることができるようになったときです。
私たちが恵みを分かち合い、平和を生きるコミュニティーとなるために、主が私たちの「恵みの見方」を、祝福の捉え方を、変えてくださいますように。