復活節第3主日 説教

4月23日(日)復活節第3主日

使徒 2:14a, 36-47; Iペトロ 1:17-23; ルカ 24:13-35

復活節第3主日の今日も、私たちは復活のキリストの現れに関する物語を福音書朗読として読みました。

今日の物語は「エマオの途上」として知られているものですが、この物語はルカ福音書にしかありません。しかも、その内容は非常に謎めいています。

今日の物語は、「二人の弟子」がエルサレムから北西に約60スタディオン離れたエマオという村に向かって歩いているところから始まります。30スタディオンは徒歩で1時間の距離だということなので、エマオという村は、エルサレムから約2時間の距離にあったということになります。

二人のうちの一人は「クレオパ」という名前であったと18節に記されていますが、この名前は新約聖書全体の中で、ここにしか出てきません。恐らく、クレオパともう一人の無名の弟子は、イエス様の弟子集団の中心にはいなかったのでしょう。

二人は道すがら、女性たちがペテロと他の十人の男の弟子たちに伝えた知らせについて、「一体どういうことなんだろう」と論じ合っていました。困惑しながら言葉を交わす二人に、同じようにエルサレムからやって来たもう一人の同伴者が加わり、二人と一共に歩き始めます。

復活のキリストは、クレオパと無名の旅人に現れたのです!

ルカ福音書は、マグダラのマリア、ヨハナ、ヤコブの母マリア、その他の婦人たちが、最初に空の墓を発見したことを記しています。ところがルカ福音書の著者は、復活の主の姿を、最初の証人である女性たちからは隠したままにしておきます。

ルカ福音書の中で、復活のキリストの姿を見た者として名前が挙げられているのは、クレオパとシモン(・ペトロ)の二人だけなのです。

キリストの復活証人となるすべての者たちは、神が第一の証人として選んだ女性たちの証言によって、復活の主のもとに導かれました。しかし、ルカ福音書は、復活のキリストに最初に出会う栄誉を、復活の最初の証人である女性たちではなくて、教会の「柱」となった使徒たちのリーダー、シモン・ペトロに与えているのです。

復活のキリストの最初の証人である女性たちに対するこのアンフェアな取り扱いが、実は今日の福音書朗読を理解する上で鍵を握っています。

この「エマオの途上」の物語は、過去の出来事を伝える物語ではありません。それはむしろ、ルカ福音書の著者が所属している教会の現実を反映した物語です。

つまり、このエピソードは、人々はどのように復活のキリストに出会って弟子となるのか、キリストがどこに現れるのかを語っているのです。

クレオパともう一人の弟子は、旅の途上で復活のキリストが現れても、それがイエス様だとは気づきません。16節の「しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった」という部分のギリシア語は、非常に不思議な文章です。直訳は「彼らの目は、彼を理解しないことに捕らわれていた」となっています。

言葉を変えれば、目の前に復活のイエス・キリストが現れても、復活の主のことは見えないように視界が完全に固定されていたというところでしょうか。

そしてルカ福音書の著者は、視界が完全に固定されていて、イエス様がすでにそこにいるのに、それがイエス・キリストだとわからないこの状態を、クリスチャンになるすべての人が通る状態として描いています。

例えば、私がチャプレンを務めている女学院の生徒たちの毎日は、礼拝で始まります。祈り、聖歌を歌い、聖書の言葉を聞くことで、学校での生活が始まります。

復活のキリスト・イエスは、今、すでに、生徒たち一人一人と共に歩いてくださっているはずです。けれども、傍らにあって歩んでいるその人が誰なのか、彼女たちの大部分は気づいていないでしょう。

それは、ここにいる私たちにとっても同じです。私たちだって、イエス様がすでに共に歩んでくださっていたのに、それが復活のキリストであることに気づかずに過ごしてきた時期が、必ずあるはずです。

しかし、クレオパともう一人の弟子の目が開くときが、復活のキリストが、復活のキリストとして見えるようになるときが、やってきます。

日が暮れる頃、二人は目的地に着きましたが、道々話し込んだ同伴者の男は、まだ先まで歩くと言います。道には街灯などありません。日が沈めば足元も見えなくなり、食糧を調達することもできなくなります。旅人を狙う強盗に襲われて、命を失う危険すらあります。

クレオパともう一人の弟子は、見知らぬ男が危険を冒して夜の道を歩き続けることを「無理に引き止め」、彼に宿を提供し、食卓に招きます。

そのときに不思議なことが起こります。食事に招いたのは二人だったのに、招かれた男がホストの役目を務めて感謝の祈りをささげ、パンを割いて二人に与えます。

するとその瞬間、二人の目は開かれ、そこにいて、パンを割いて与えた男が、復活のイエス・キリストであることに気づきます。しかし、二人の目が開かれたその時に、復活のイエス・キリストは見えなくなりました。

イエス様がパンを割いて二人に与えるこの場面は、しばしば聖餐式と同一視されて、「聖餐の中にこそイエス・キリストが現れるのだ」という主張の根拠として引き合いに出されます。

私も、この場面は「聖餐式」との繋がりがあると思いますが、これを「聖餐式」にだけ結びつけて理解すると、むしろ復活のキリストは現れなくなってしまうのではないかと思います。

実は、いわゆる「最後の晩餐」の文脈で、イエス様が「私を思い出すためにこれをしなさい」と命じるのは、ルカ福音書だけです。

ヨハネ福音書には、最後の晩餐の記述そのものが無くて、イエス様は弟子たちに、互いに足を洗い合うように命じます。しかもイエス様は、「最後の晩餐」を思い出すためにではなくて、「私のことを思い出すために」、イエス様のことを思い出すために「これ」をしなさいと言っています。

30節の「一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、祝福して裂き、二人にお渡しになった」という部分の言葉遣いは、最後の晩餐の場面だけではなくて、5千人の給食の場面とも共鳴しています。

しかも、クレオパともう一人の弟子が、二人で囲むはずだった食卓に、もう一人の旅人を招くことになった状況も、イエス様が5千人を五つのパンと2匹の魚で養った時の状況と、非常によく似ています。

クレオパともう一人の弟子は、「そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いています」と言って、イエス様を引き留め、宿と食事を提供しました。

イエス様が5千人を養うことになったのは、ご自分の後を追ってきた群衆を迎え、彼らに神の国について語り、人々の病を癒している間に日が傾きかけてしまったからです。

十二人の弟子たちは慌てて、それぞれで宿を探し、食糧を調達するように群衆を解散させてくださいとイエス様に言いますが、イエス様は弟子たちに、この群衆に食べ物を与えるようにと命じます。

クレオパともう一人の弟子が、旅の途上で出会った男に宿を提供し、食卓に招いたとき、そこに、パンと魚を割いて、5千人の人々を養われたイエス・キリストが現れたのです。

つまり、ルカはこの物語を通して、教会は食卓を共に囲む共同体なんだ。その食卓に人々を招くところにこそ、5千人を養い、永遠の命を与えるためにご自分をお与えになったイエス・キリストが、目に見える姿ではなくとも、必ず現れるのだと言っているのです。

願わくは、復活の主が、聖マーガレット教会を、「パンを裂き、喜びと真心をもって食事を共にし、神を賛美」する共同体として成長させ、多くの人々を仲間に加えてくださいますように。