







9月10日(日)
聖霊降臨後第15主日(A年)
エゼキエル 33:7-11; ローマ 12:9-21; マタイ 18:15-20
ナザレのイエスの教えと生涯、そして弟子たちに対する復活のキリストの現れに結びついた運動のことを、福音書を研究する聖書学者たちは ‘Jesus Movement’ 「イエス運動」と呼びます。
飛行機も無ければ高速鉄道もない時代に、Jesus Movement は爆発的な勢いで地中海世界に広がりました。驚くべきことに、異邦人の使徒と呼ばれるパウロがローマに到着した時には、複数のJesus Movementのグループがすでに存在していたようです。
そして紀元後の55年頃には、地中海世界のほぼ全域に、Jesus Movementのグループが存在するようになっていました。
しかし、このJesus Movementというのは、単一の運動ではなくて、非常に多様性に富んだ運動でした。
『ナザレのイエスに従って生きるための実践マニュアル』なるものが本屋さんで売っているわけでもありませんから、それぞれのグループは、独自に、イエス運動の群れとしてのあり方を見出さなければなりませんでした。
今朝の福音書朗読の箇所には、マタイ福音書の著者自身が所属していたJesus Movementのグループが、共同体の中で問題が起こった時に、どのようなプロセスを踏んで解決を図ろうとしたのかが記されています。
マタイ福音書の背後にある教会は、ユダヤ人の会衆であり、ユダヤ人としてのアイデンティティーを維持したJesus Movementであろうとしていました。
マタイ福音書が書かれた時代の教会も、私たちの時代の教会と同じように、完璧でも無ければ、罪から自由だったわけでもありませんでした。
いつの時代の、いかなる場所のJesus Movementも、人の集まりです。人の集まるところには、必ず問題が起こります。問題が起こらない、完全なコミュニティーなんてものは存在しません。
だからこそ、共同体の内部で問題が起きた時に、イエス・キリストの弟子集団として、それをどのように解決するかということが重要なわけです。
マタイ福音書の教会でも、メンバー同士の間で様々な問題が起こりました。あるメンバーが別のメンバーのものを盗んだとか、借金をしたのに返さないとか、農園で働いたら給料をくれるという約束で収穫作業を手伝ったのにタダ働きさせられたとか。色んなことが起きるわけです。
問題が起きたとき、当人同士の間で解決できれば理想的ですが、そうはならない場合も沢山あります。
16節は、加害者と被害者が、当人同士の間で問題を解決できなかった時には、被害者は一人か二人のメンバーを証人として立てるようにと命じます。
しかしこれは、イエス様が弟子たちに与えた命令ではありません。この命令の出どころは、旧約聖書の申命記19章15節です。そこにはこうあります。
「どのような過ちや罪であれ、人が犯した罪は一人の証人によって確定されることはない。人が犯したどのような罪も、二人または三人の証人の証言によって確定されなければならない。」
マタイ福音書の教会は、ユダヤ人の共同体として、旧約聖書の律法に従って問題解決をしようとしたことが、ここからわかります。
マタイ福音書の教会が、共同体の中で問題が起こった時に、旧約聖書の律法に従って解決を図ろうとしたことそのものは、特に問題とはならないかもしれません。
しかし16節に続く17節は大問題含みです。17節にはこうあります。
「それでも聞き入れなければ、教会に申し出なさい。教会の言うことも聞き入れないなら、その人を異邦人か徴税人と同様に見なしなさい。」
「異邦人か徴税人と同様に見なす」というのは、ユダヤ人がコミュニティー・センターである会堂に出入りできなくなって、ユダヤ人共同体から追放された時の様子を表す言葉です。
Jesus Movementでありながら、「ユダヤ人」としてのアイデンティティーを維持しようとしたマタイ福音書の教会は、ほぼすべてのメンバーがユダヤ人だったということもあってでしょうが、共同体から追放されたメンバーについて、「その人を異邦人か徴税人と同様に見なしなさい」と語ることに、何も問題を感じませんでした。
しかし、それはイエス様自身の、異邦人や徴税人に対する態度とは相容れないものです。
なぜなら、イエス様は徴税人や罪人や遊女たちと一緒に食事をしていたがために、「徴税人や罪人の仲間」として、ユダヤ人指導者たちから非難されていたからです。
民族的には、イエス様はユダヤ人です。イエス様の弟子たちも皆ユダヤ人でした。けれどもイエス様は、律法に従って自らを聖く保つことで神から祝福を得ようとする生き方には、まったく関心がありませんでした。
ところが主流派のユダヤ人共同体との間で本家本元争いを繰り広げていたマタイ福音書の教会は、ユダヤ人としてのアイデンティティーに固執するあまり、イエス様の教えや生き方と相容れない言葉を、イエス様の口を通して語らせることになりました。
実は、マタイ福音書だけに限った話ではないのですが、イエス様について語る福音書という書物の中にも、イエス様と相容れないような要素が少なからずあるのです。
私が今日、皆さんの心に留めていただきたいことは、この時代に生きるクリスチャンとして聖書を読む時には、歴史的批判精神が必要不可欠だということです。
批判的歴史学という学問が生まれる以前は、物語と歴史との間に区別はありませんでした(フランス語のhistoireとドイツ語のGeschichte)。
それは、語り伝えられてきたことと、実際の出来事と間に区別を設けないということです。
歴史として書き残され、語られるのは、ほとんどの場合、強者の物語であり、支配者の物語です。しかし私たちは、小さな痕跡や支配者の記録の行間を読むことを通して、抑圧された者や、滅ぼされた者たちの声を拾い上げる必要があります。
今年は関東大震災から100年の年にあたります。ご存知の方も多いと思いますが、関東大震災のとき、多くの朝鮮人が虐殺されました。それは歴史的な事実であり、様々な記録が残っています。
関東大震災直後、全国の警察を所管していた内務省の警保局(現在の警察庁)が、各県に宛てて電報を発信しました。
それは、朝鮮人が井戸に毒薬を投げ込んでいるとか、暴動を起こそうとしているといったデマを事実とみなして、厳しく取り締まるよう求めるものでした。
新聞もそれに追随し、「鮮人の行った凶暴」などとデマを書き立て、その結果、各地で武装化した自警団が生まれ、朝鮮人の虐殺を引き起こしました。
しかし関東大震災から100年の今年、松野官房長官は「政府内で事実関係を把握できる記録が見当たらない」と発言し、小池都知事は、国の主導によって虐殺された朝鮮人を追悼する式典が行われたその場所を、ヘイト団体が使用する許可を与えました。
日本政府も無東京都知事も、都合の悪い出来事は無かったことにし、美しい物語だけを語ることで、朝鮮人虐殺を無かったことにしようとしているのです。
私たちが、権力者の語る「美しい物語」を鵜呑みにし、歴史的事実に目をつぶるなら、私たちはイエス・キリストを捨てることになります。
戦時中、日本のすべての教会は、大日本帝国の物語を受け入れたために、イエス・キリストを天皇の僕としてしまいました。
しかし、イエス・キリストの教えと生き方を否定するような物語は、新約聖書そのものの中にもあります。
だからこそ私たちは、歴史的・批判的精神をもって、聖書の物語にも向き合う必要があるのです。
願わくは、徴税人や罪人や遊女の友として生きたイエス・キリストが私たちの目を開き、美しくない歴史とも向き合いながら、教会が直面する様々な問題を解決するための知恵を与えてくださいますように。
