












2023年9月24日(日)聖霊降臨後第17主日(A年)
ヨナ 3:10-4:11; フィリピ 1:21-28a; マタイ 20:1-16
今日の第1朗読で読まれたヨナ書は、旧約聖書の中に収録されている物語の中で、最も愛された物語の一つだと思います。紙芝居や子ども向けにアレンジされた本も、沢山あります。
けれども、この「みんなに愛される物語」の中で語られている内容は、神との出会いを求め、神を知ろうとするあらゆる時代の人たちにとって、非常に挑戦的なものです。
皆さんの中で、まだヨナ書を読んだことがないという方がおられたら、今日、家に帰ったら、絶対に、最初から最後まで読んでください。ヨナ書は全部で4章しかありません。物語として非常に面白いので、15分もあれば最初から最後まで一気に読めます。ですから、今日、礼拝の後、家に帰ったら、絶対に読んでください。
ヨナ書は小預言書と呼ばれるジャンルに属する書物ですが、他の「預言書」と呼ばれる書物と大きく違います。預言書の中に登場するヨナ以外のすべての預言者たちは、神の言葉を語らずにはいられない人々です。ところが、ヨナは神の前から全力で逃亡し、神から託されたメッセージを「語らないために命を賭けた」人として描かれています。
ヨナ書の舞台として設定されているのは、紀元前8世紀のアッシリア帝国の首都、ニネベです。
アッシリアは、ソロモン王の後に2つの王国に分裂した北側の王国、イスラエル王国を、紀元前722年に滅ぼした帝国で、その残虐非道ぶりは、オリエント世界に広く知られていました。南ユダ王国は、北イスラエルと同じ運命を避けるために、アッシリアと同盟関係を結ぶ道を選びました。
しかし無敵と思われたアッシリアも、612年に新バビロニア帝国によって滅ぼされました。
ここまでの話を聞いて、鋭い方は、「あれ、何か変だぞ?」と思われたはずです。
もう一度繰り返しますが、ヨナ書の舞台として設定されているのは、紀元前8世紀のアッシア帝国の首都、ニネベです。が、アッシリアは紀元前612年に滅亡しています。
つまり、ヨナ書4章に記された、ニネベの人々が悔い改めて、滅びを免れたという歴史的事実はないんです。
実はヨナ書は、バビロン捕囚後の紀元前5世紀後半から4世紀前半に書かれたフィクションです。しかしヨナ書というフィクションが旧約聖書に収録されているという事実が、ちょっとした奇跡なんです。
イスラエルの民にとって、アッシリアは憎き敵です。ウクライナ人やポーランド人にとってのロシアです。ニネベは強大な敵の栄光を世に示す憎むべき場所、ウクライナ人やポーランド人にとってのモスクワです。
ところがヨナ書というフィクションは、憎むべき敵アッシリアの首都ニネベを舞台に据えて、イスラエルの神がアッシリアの人たちを憐れみ、救われたと語るのです。
なぜそんなことが起きたのでしょうか?それは、バビロン暮らしをしたユダヤ人のある人たちが、かつての敵であったアッシリアの人々と、友として出会い、そのことを通して、神についての彼らの理解が、劇的に変えられたからです。
アッシリアと同盟関係を結んで滅亡を免れた南のユダ王国も、新バビロニア帝国によって滅ぼされ、指導者や貴族や祭司たちは、捕囚として引かれていきました。これが有名な、バビロン捕囚です。
しかし南ユダを滅ぼした新バビロニアも、ペルシアによって滅ぼされました。ペルシア王キュロスは、紀元前538年に、捕囚としてバビロンに連れてこられたユダヤ人たちがエルサレムに帰ることを許します。
ところが、エルサレムへの帰還許可が出た後も、大部分のユダヤ人たちは、そのままバビロンに残りました。その結果、バビロンはユダヤ教文化の一大中心地となり、有名なバビロニア・タルムードもこの地で生まれました。
そしてバビロンには、かつてイスラエルを滅ぼした、アッシリアの人々の子孫も沢山暮らしていました。
もしユダヤ人たちがバビロン捕囚の憂き目にあうこともなく、エルサレムへの帰還許可が出た後、みんなエルサレムに帰っていたら、アッシリアの人々は、ユダヤ人にとって、永遠に敵のままだったでしょう。
しかし、バビロンで外国人として暮らし続けるユダヤ人たちが、自分たちと同じように外国人としてそこで暮らしているアッシリアの人々と出会うことになりました。そのときには、かつての敵は、もう敵ではなくなっていました。ユダの末裔とアッシリアの末裔は、異国の地で、友として出会うことになったのです。
その結果、彼らの中で、神の姿が劇的に変わりました。イスラエルという民族を選び、イスラエル民族だけを愛すると思っていた神が、かつての敵たちさえも憐れみ、救う神として現れたのです。
ヨナ書というフィクションが、イエス様の誕生に約400年も先立って、民族主義を乗り越え、すべての民に憐れみを注ぎ、救おうとされる神を証している。これは驚くべきことです。
イエス様の時代、社会の中心にいる主流派ユダヤ人の神理解は、民族主義と外国人嫌いと強く結びついていました。そのために、イエス様が語った、善人にも悪人にも恵みを注ぎ、「聖い者」も「汚れた者」も受け入れてくださる憐れみ深い神は、主流派の人々に受け入れられなかったんです。
しかし!イエス様に先立つこと400年前に、民族主義を超え、外国人嫌いを超えて、すべての民に慈しみを注ぎ、救われる神の姿が描かれていたという事実に、私たちは目を留めるべきです。
なぜなら、旧約聖書の中にも、イエス・キリストが語られた神の姿が現れているからです。
旧約聖書の中には、エズラ記やナホム書のように、民族主義や外国人排斥運動に神を結びつける記述が沢山あります。しかし同じ旧約聖書の中にも、ヨナ書やヨブ記のように、民族主義や外国人嫌い、あるいは律法主義を退ける物語もあります。
教会の「伝統」の中にも、民族主義と結びついたものが無数にあります。
聖書の中から、あるいはキリスト教の伝統の中から、何を選び、何を捨てるべきなのかを判断するための鍵を、イエス・キリストが握っています。
私たちが神の国の民として、この世で平和を作る者として生きるためには、イエス・キリストを通してご自分を現された神を「再発見」し続ける必要があります。
そのためには、ナショナリズムと外国人嫌いを、徹底的に退けることが必要です。
民族主義の中に、イエス・キリストを通してご自分を現された神はいません。外国人が排斥されるところに、イエス・キリストはいません。
私たちは、自分の中の境界線が動かされるときに、隣人でなかった人が隣人になるときに、家族でなかった人が家族として加えられるときに、イエス・キリストが「アッバ」と呼んだ神に出会います。
ロシアがウクラナで始めた戦争は、民族主義と結びつくキリスト教の「伝統」を栄養として成長を続けるガンのようなものです。
民族主義という虚構の上に神を据え、人々を扇動し、戦争を始めるのはた易いことです。しかし殺戮と破壊が止んだ後、荒廃した地に、本当の平和を作り出すのは、とても難しいことです。
この戦争の後、本当の平和が訪れるとすれば、それはウクライナの人々とロシアの人々が、再び友として出会えるようになったときでしょう。それまでに何十年かかるのか、私たちにはわかりません。
私たち聖マーガレット教会にできる小さなこと、しかしイエス様から託された、もっとも大切な使命は、イエス様を通してご自分を現された神を再発しながら、平和の種を蒔くコミュニティーとして成長してゆくことです。
聖霊の息吹きが、境界線の向こう側へと私たちを駆り立て、私たちを隣人でなかった人の隣人に、家族でなかった人の家族としてくださいますように。
