11月1日 中学校礼拝 説教

11月1日(水)中学校礼拝 マタイ 22:34-46

「律法の中で、どの掟が最も重要でしょうか」という質問は、非常にありふれた質問です。

それに対する「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」、「隣人を自分のように愛しなさい」という答えも、ありふれた答えです。

しかし、このなんてことのない質問に対する、なんてことのない答えの背後には、とても重大な、そしてとてつもなく難しい問題が隠れています。

「神」はどんな方かという問題は、「隣人」は誰かという問題と直結していますが、聖書はこの問題に対して、首尾一貫した答えを与えてはくれません。

聖書というのは1冊の書物ではありません。それは書物のコレクションです。聖書に収められている書物には様々な立場の声が響いています。

聖書という書物の多声的性格の故に、どんなことでも、どれほど残虐な行為でも、聖書を使って正当化することができます。

その一つの例が、パレスティナのガザで、現在進行形で起こっている、イスラエル軍によるパレスティナ人の虐殺です。

パレスティナの地にイスラエルという国家を生み出したのは、パレスティナにユダヤ人の国を作ればイエス・キリストが帰ってくると思った大英帝国のクリスチャン・シオニストたちです。

20世紀前半、パレスティナ住民の9割はアラブ系で、ユダヤ人はほんの僅かでしたが、イスラム教徒とクリスチャンとユダヤ教徒が、比較的平和に共存していました。

しかし、David Lloyd George首相、Lord Balfour を初めとする、大英帝国の中枢にいたクリスチャン・シオニストたちは、パレスティナにユダヤ人の国を作ればイエス・キリストが帰ってくるという妄想を実現するために、パレスティナの人々の土地を、ユダヤ人に与えることにしたのです。

ちなみに当時、ユダヤ教指導者の中に、パレスティナはイスラエルの民に与えられた土地なのだから、そこに帰って国を作ろうなどという聖書解釈を展開する者は、一人としていませんでした。

反ユダヤ主義が生み出したホロコーストという巨大な悪を逃れてパレスティナに押し寄せたユダヤ人たちが、パレスティナ人を殺して彼らの土地を奪い、75%のパレスティナ人を難民とすることによって、イスラエルという国家を築き上げました。

そして、「パレスティナはユダヤ人に与えられた土地だ」というクリスチャン・シオニストの聖書解釈の故に、今、220万人のガザの人たちが、私たちの見ている前で、殺されようとしているのです。

しかし、こんな聖書の読み方の中に、イエス・キリストを通してご自分を現された神はいません。

皆さん、パレスティナの人々のために、ガザの220万の人々のために、祈ってください。