復活日 説教

2026年04月05日(日)復活日(Easter Sunday)

使徒10:34-43; コロサイ3:1-4; マタイ28:1-10

 皆さん、イースターおめでとうございます。

 ついこの前クリスマスを迎えたばかりだというのに、あっという間にイースターの日を迎えました。

今日は11時からの礼拝の中で、KNさんの洗礼式も行われます。本当に感謝なことです。

 命の与え主である神様は、ナザレのイエスを、死から新しい命へと移されました。

 その「移行」そのものの場面は、誰も見てはいません。

 死から命への「新しい過ぎ越し」の神秘については、イエス様自身も、自分に何が起きたのか知ってはいません。それが何であったかを知っているのは、命の与え主である神様だけです。

 しかし、私たちが知っていることもあります。まず、金曜日に十字架にかけて殺され、その日の夕暮れ前に墓に葬られたナザレのイエスが、日曜日の朝には墓にいませんでした。

 そして死から新しい命に起こされたナザレのイエスが、女性たちの前に現れました。

 最初の「復活の証人」は、間違いなく、皆女性です。日曜日の明け方に、イエス様が葬られた墓を訪れた女性たちの名前は、4つの福音書の中で若干異なります。

 しかし、そのすべてにマグダラのマリアの名前があります。

 最初の復活の証人がマグダラのマリアであったことは、ほぼ普遍的に、1世から2世紀前半の教会に知られていました。

 最初の復活の証人がすべて女性だった。これは単なる偶然ではありません。

 イエス様が語った神の国は、イエス様の宣教活動を支えた、女性たちの働きの上に建てられる世界です。

 神の国を支える女性たちの働きを、象徴的に、2つの土台と呼ぶことができます。

 1つの土台は「食事を用意し、給仕をすること」、もう1つの土台は、「足を洗うこと」です。

 イエス様のために、そしてイエス様の周りに集まって来る人たちのために、食事の準備をし、給仕をしてくれたのは、全員、女性たちです。

「イエス様が足を洗ってもらう話」は、ルカ福音書に1つ、ヨハネ福音書に1つ、この2つしかありません。

 そしてどちらの話しでも、イエス様の足を「洗った」のは、女性です。男がイエス様の足を洗う話しは、1つもありません。

 神の国で一番偉いのは、皆に仕える者だというイエス様の言葉の出所は、彼のために食事を用意し、もてなし、足を洗ってくれた女性たちです。

 戦争によって打ち建てられるのでも無く、強大な軍事力によって守られるのでもなく、女性たちの働きの上に建てられ、支えられる神の国は、神が目指す世界そのものなのだ。

 そのことを、最初に女性たちに知らせるために、神様は女性たちを選ばれたのです。

 12使徒たちを初めとする男の弟子たちは、女性たちの証言を通して、死から新たな命に起こされたイエス様と会うことができました。

 イエス様が「神の国で最も偉大な者」と呼ばれた女性たちに倣うことこそ、「復活の主」を証しし、神の国の喜びと豊かさと平和を世に示す道です。

 教会の外の人たちを招いて、巻き込んで、共にイースターを喜び、祝おうとするイースター・フェスティバルの取り組みは、とてもささやかな、しかし同時に、とても大きな、「復活の主」を証しし、神の国を指し示す働きだと私は思います。

 今年も、聖マーガレット教会に繋がる皆さんと共に、イースターを祝うことができる恵みを与えてくださった神様に、心から感謝いたします。

イースターおめでとうございます。