









降誕後第 2 主日(A 年) 2026年1月4日(日)
シラ24:1-12; エフェソ1:3-14; ヨハネ1:10-18
私は、昨日の夕方から、怒りに震えて、説教準備を続けられなくなりました。
アメリカがヴェネズエラの首都、カラカスへの爆撃を開始し、大統領夫妻を拉致して国外(アメリカ)へ連れ出し、政権転覆を実行に移しました。
トランプの御用メディアであるFOX Newsは、ヴェネズエラへの攻撃は、アメリカをヒズボラとイラン、ロシアと中国から守るためだというトランプの主張をそのまま垂れ流しました。
皆さんの中には、しばらく前から、代祷の中になぜヴェネズエラが出てきたのだろうと思っていた方もあるかもしれません。
私は、マリア・コリナ・マチャドのノーベル平和賞受賞という茶番の直後から、アメリカによるヴェネズエラの政権転覆が近いことを感じていました。
マチャドはシオニストであり、資本家の代表です。彼女はネタニヤフに対して、アルゼンチンへの軍事介入をするようにと求め、自分が政権を担うようになった暁には、大使館をエルサレムに移すと公言していました。
更に、トランプに対しては、政権転覆の後、自分を副大統領にすれば、アメリカ企業に石油権益を与えるという約束までしています。
私は2024年の8月4日の説教の中で、アメリカは2016年以降、世界最大の埋蔵量を誇るヴェネズエラの石油権益を奪うために、政権転覆を図ってきたと話しをしました。
チョムスキー(Noam Chomsky)を読んできた人であれば誰でも知っていることですが、アメリカは、アメリカ企業にオイルや資源権益を与えることを拒否する政権を、絶えず転覆させてきました。
中南米に、アメリカが政治介入をしたこともなければ、政権転覆もしたことがない国は存在しません。
それはアメリカの政治を内側から見てきた人たち自身や、実際に政権転覆工作に当たってきたJohn StockwellやPhilip Ageeといった元CIAの工作員たちが、克明に語っている事実です。
今回のヴェネズエラに対する攻撃も、議会を完全に迂回して、トランプの命令によって開始されました。
トランプは戦争犯罪者です。アメリカは世界最大の植民地主義テロリスト帝国です。
そして日本は、そのアメリカとの同盟関係を強化するという狂気の道を突き進んでいる国です。
今日の福音書朗読は、私たちの固定化した視点を揺り動かし、インチキから、虚構から、私たちを解放する力、「知恵」の伝統に基づいて書かれた箇所です。
ヨハネ福音書の全体は、知恵の伝統を駆使して、イエス・キリストを解釈するプロジェクトです。
そのプロジェクトは、ギリシア哲学の知恵の伝統に大きく依存しています。今朝の福音書朗読で読まれた1章10節から18節の中には、ソクラテス以前の哲学者、ヘラクレイトスの声が響いています。
ヘラクレイトスは紀元前535年頃から475年に生きたギリシアの哲学者です。彼の「ロゴス論」は、イエス様の時代に最も影響力の強かったストア派の哲学に、非常に大きな影響を与えました。
ギリシア語のλόγος (logos) という言葉は、今日の福音書朗読の中で「言」と訳されているのと同じ言葉です。
ヘラクレイトスはlogosについて、このように語っています。
「この『ロゴス』は永遠に存在するものであるが、人々はそれを聞く前も、また一度聞いた後でさえも、理解することができない。万物はまさにこのロゴスに従って生じているというのに、私がそれぞれのものをその本性に従って区別し、それがいかなるものであるかを説き明かす際、人々は、私の説く言葉や業(わざ)を経験していながら、まるで未経験者のようである。他の人々は、目覚めているときに自分が何をしているかに気づいていない。それはちょうど、眠っているときにしていることを忘れてしまうのと同じように。」
イエス様と同時代に活躍したストア派の哲学者たちは、ヘラクレイトスのLogos論を更に推し進めて、logosはすべての現実に行き渡る活動的理性原理であり、霊的原理であると言いました。
更に、彼らはlogosを、摂理、自然、宇宙の精神、そして神と呼びました。
ヨハネ福音書に約500年先立って、ヘラクレイトスは、世界を貫き、秩序立て、そして動かしているのがlogosなのだと言っていたんです。
さらに、世界を動かし、秩序立て、貫いているロゴスについて、人々は全く無知であるとも言っています。
ヨハネ福音書に先立って、ストア派の哲学者たちはすでに、logosを宇宙の精神、「神」と呼んでいました。
ヘブライ語聖書の中には知恵文学というジャンルが存在しますが、「知恵」は神の理解に関して、大きな緊張を引き起こします。
イエス様の時代、ユダヤ人の神理解は、律法、トーラーという書物に、圧倒的にコントロールされていました。言葉を変えれば、律法の書物が、神様を見るときのメガネだったということです。
出エジプトの物語を含む律法の書物、トーラーは、「イスラエルの民」にとっての ‘foundation narrative’ です。
‘Foundation narrative’ というのは、建国物語や民族神話といった、集団のアイデンティティーとして共有される物語のことです。
物語を通して展開される、「神はその力強い御手によって、私たちの先祖を奴隷の地エジプトから解放されたんだ」という主張が、ユダヤ人の神理解に絶対的な影響力を持っていたわけです。
律法の書物は、「オレたちの神様は、大帝国エジプトの神々すらも蹴散らして、すべての敵を滅ぼしてくれる、無敵の神なんだ!」という幻想に貫かれています。
あらゆる「建国物語」や民族神話は、偽りと誇大妄想と、ご都合主義的な虚飾に満ちています。
それは旧約聖書ばかりではなくて、キリスト教の伝統にも当てはまります。
知恵は、foundation narrative を醒めた目で見ながら、命に満ち、秩序をもった世界の根源に神を見出そうとします。
知恵は、世界の中にlogosを見出し、そのlogosの根源に神を見るのです。
知恵は、foundation narrativeの中に潜んでいる、人間の願望の投影に過ぎない偽りと誇大妄想、そしてご都合主義的虚飾を解体する力を持っています。
Foundation narrativeに基づく神理解を維持しようと思う者たちは、知恵をfoundation narrativeに従わせようとしますが、知恵は常に、恣意的な従属の要求を逃れます。
私たちは、ユダヤ人のように、律法の書物をfoundation narrativeとして共有し、アイデンティティーの核としているわけではありません。
しかし日本では、メディアがfoundation narrativeとして機能してきました。
記者クラブという大本営発の報道が、アメリカ=民主主義、西洋=正義というメガネで世界を見るよう、人々を洗脳してきました。
むき出しの暴力が支配するこの時代、主流派を構成する人々が、暴力礼賛のfoundation narrativeに酔っています。
日本もすでに、自称愛国者が「軍事力増強」や「核武装」を叫び、「戦争反対」と言う者が「非国民」の汚名を着せられる社会になりました。
Foundation narrativeの虚構から私たちを解放してくれるのは、知恵だけです。
真実に、真理に対して、私たちの目を開くのは、知恵の力です。知恵の無いところに解放はありません。
そして私たちの知恵は、ナザレのイエスです。
知恵なるナザレのイエスが、私たちの目を開き、世界をハッキリと見させてくれますように。
むき出しの暴力が支配するこの時代に、聖マーガレット教会が、ナザレのイエスの示された、神の国の平和を生きる群れであれますように。
