







2026年01月25日(日)顕現後第3主日
イザヤ8:23-9:3; Iコリント1:10-18; マタイ4:12-23
顕現後第1主日・主イエス洗礼の日から今日まで、3週連続で洗礼者ヨハネの名前が出てきました。
今朝の福音書朗読で読まれたマタイ福音書の記事の元ネタは、マルコ福音書の1章14節から21節前半です。
イエス様の宣教開始を、「洗礼者ヨハネの投獄後」に位置付けたのは、マルコ福音書の著者で、マタイ福音書の著者もそれに倣っています。
しかし私は、イエス様自身の宣教活動の開始は、バプテスマのヨハネの投獄後のことではないと思います。
多くの歴史学者は、イエス様がバプテスマのヨハネから洗礼を受けたのは紀元後の27年、ヨハネの投獄は28年から29年だと考えています。
洗礼を受けた後、イエス様がヨハネのもとに留まったのはごくごく短期間で、紀元後27年の内か、どんなに遅くても28年の初めには、自分の神の国運動を開始していたはずです。
そうしますと、洗礼者ヨハネとイエス様の活動期間が、重なっていた期間があったはずだということになります。
興味深いことに、バプテスマのヨハネとイエス様の宣教活動が同じ時期に、並行して行われていたことを語っている福音書が1つだけあります。それはヨハネ福音書です。
ヨハネ3章22節と23節にはこう書かれています。
「22 その後、イエスは弟子たちとユダヤ地方に行って、そこに一緒に滞在し、洗礼を授けておられた。23 また、ヨハネもサリムに近いアイノンで洗礼を授けていた。そこは水が豊かだったからである。人々は来て、洗礼を受けていた。24 ヨハネはまだ投獄されていなかったのである。」
ここでヨハネ福音書の著者は、洗礼者ヨハネが投獄される前に、イエス様がすでに宣教活動をしていたと明言しています。
私は、イエス様と洗礼者ヨハネの宣教活動の時系列に関しては、共観福音書よりも、ヨハネ福音書の方が歴史的に正確な記述だと思います。
しかしマルコ福音書が、イエス様の神の国運動の開始を、洗礼者ヨハネの投獄後に位置付けているのには、それなりの理由があります。
マルコ福音書の著者は、洗礼者ヨハネの投獄によって「時が満ちた」と語ります。
マタイ福音書の著者はこれを、「預言が実現する時」として再解釈しています。
では「時が満ちた」時、「預言が実現する時」とはどんな時なのでしょうか?
それは、この世の支配者が「悪の力」として可視化される時、見えるようになる時です。
そして、悪の権化となったエリートたちが、人々の命を脅かす時です。
人々は洗礼者ヨハネを、支配者の悪を糾弾する預言者だと見ていました。そのヨハネが捉えられ、投獄された。
それは暗黒時代の到来を記す出来事であり、この世の国に対抗する神の国が到来するべき時だ。マルコ福音書の著者はそのように見ています。
マタイ福音書は、その同じ時を、今日の第1朗読で読まれたイザヤ書に描かれているような出来事が、再び起こる時として語ります。
洗礼者ヨハネの投獄によって象徴される暗黒時代は、「闇の中に住む民」が「大いなる光を見」、「死の地、死の陰に住む人々に光が昇」る時だ、と言うのです。
それは同時に、ナザレのイエスが語る「天の国」によって、悪の権化となったこの世の国が凌駕され時だという宣言です。
ICEによる拉致、強制隔離、強制送還に反対して立ち上がるアメリカの市民たち、シオニストによる虐殺に抗議して立ち上がる世界の人々。彼らは現代の預言者です。
そして毎日のように、現代の預言者たちが、逮捕され、投獄されています。
23日の金曜日には、マイナス21度の寒さの中、2000人を超える市民たちがミネアポリスのセント・ポール国際空港前に集まり、ICEに対する抗議の声を上げました。
最前列で祈りを捧げていた100人を超える教会の教役者たちは、全員逮捕されました。
年明け早々にヴェネズエラを攻撃したアメリカは今、イラクに対する大規模攻撃の準備を進めています。
この国の首相は、統一教会問題のスキャンダルから人々の目を逸らし、自分の悲願を実現するために、850億円もの税金を浪費する、大義なき解散総選挙という暴挙に出ました。
彼女の悲願は、日本を、アメリカの戦争を戦える国とすることです。
しかしこの暗黒時代は、ナザレのイエスに呼ばれ、彼に倣って生きようと願う者たちにとって、「闇の中に住む民」が「大いなる光を見」、「死の地、死の陰に住む人々に光が昇る」時です。
それは、神の国の民としてこの世に遣わされた私たちが、人々の病や患いを癒す時、深く病める世界を癒す働きを担う時です。
憎しみが生み出す暗闇の中に、ナザレのイエスが示されたすべての人に恵みを注がれる神の愛の光を、希望の光を、輝かせる時です。
聖マーガレット教会が担うべき癒しの働きを見出し、実現することができますように。
