聖霊降臨後第7主日 説教

2026年7月12日(日)聖霊降臨後第7主日(特定10)(A年)

イザヤ55:10-13; ローマ8:1-11; マタイ13:1-9,18-23

今日の福音書朗読で読まれた、有名な「種まきの例え」は、2部構成になっています。

 大雑把に言いますと、3節から9節にイエス様が語った種まきの例えがあって、19節から23節には、福音書の著者自身か、あるいは彼が所属していた教会による譬え話の解釈があります。

 例え話は例え話なので、さまざまな解釈に対して開かれています。

 ですから、種まきの例え話を、お隣のミッション・スクールの数学の授業に結びつけて解釈するということだって、できないことはありません。

 A先生が授業の中で数学という種を蒔いているのに、ある生徒は部活の朝練でお腹が空き過ぎて、授業中に早弁をし、お腹が一杯になって寝てしまうかもしれません。

 別の生徒は、英語の単語帳を開いているかもしれません。

 数学で赤点ばっかり取っていた生徒が、A先生の授業を聞いて赤点を脱したのに、1回赤点を免れたことに満足して、再び赤点生活にもどってしまいました、ということがあるかもしれません。

 ところがある生徒は、A先生がまいた数学の種を受けて、数学者の道へと進み、25歳でFields Medalを受賞するという快挙を成し遂げ、100倍の実りをもたらしました。という解釈だっていいわけです。

 マタイ福音書の著者は、自分が所属している教会の状況と結びつけて、種まきの例えを解釈しています。

 「種」はイエス様の御国の言葉、イエス様が語られた「神の国の福音」です。

 そして、種が落ちた「道端」、「石だらけで土の少ない所」、「茨」、「良い地」というのは、「御国の言葉」の聞き手と重ねられています。

 「御国の言葉」を聞いて教会のメンバーになった人の中にも、苦難や迫害に直面して躓く人や、この世の心配事や富の誘惑に心を奪われて信仰を捨てる人もいました。

 マタイ福音書の著者は、残っている教会のメンバーたちに、「神の国の福音を握りしめて踏みとどまり、豊かな実を結ぶ者になりなさい」と言って、彼らを励まそうとしています。

 マタイ福音書の解釈では、「道端」、「石だらけで土の少ない所」、「茨」、「良い地」は、それぞれ「別の人」です。

 けれども、私たち一人の人の人生の中に、「道端」の時、「石だらけで土の少ない所」の時、「茨」の時、「良い地」の時があると読むこともできます。

 私は先週、7日の火曜日に、町田市にある農村伝道神学校という所で講演をする機会が与えられました。

 農村伝道神学校は日本キリスト教団の神学校の一つで、毎年、教団の戦争責任告白を覚えて「戦争責任シンポジウム」を開催しています。

 今年はそのテーマとして「キリスト教シオニズム」を選んだということで、私に声がかかりました。

 与えられたトピックはクリスチャン・シオニズムでしたが、日本の神学校で行われる「戦争責任シンポジウム」なので、日本の帝国主義に屈した教会の歴史に絡めた話しをしなくてはと、私は考えました。

 午前と午後に、それぞれ1時間半の講義と、30分の質疑応答という2部構成のプログラムだったので、午前の講演はクリスチャン・シオニズムに当てて、午後はこういうテーマでお話ししました。「コンスタンティヌス主義:帝国主義と植民地主義を支えるキリスト教」

 教会の歴史は、イエス様が語られた神の国の福音という「種」を、別の種に変えてしまう歴史でもありました。

 4世紀にローマ皇帝コンスタンティヌスと手を結んで以降、教会の指導者たちは、ローマ皇帝の戦争をイエス・キリストの戦争にするために、「山上の説教」を手なづけようとしてきました。

 ローマ軍の戦争を教会が支持するためには、「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」とか、「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」といったイエス様の言葉を、書き換えなくてはならなりませんでした。

 私は、ScotlandのAberdeenでPhDの論文を書く時、3人の指導教授にお世話になりました。その一人のStanley Hauerwasという神学者は、ローマ皇帝が受け入れられるものにキリスト教を改変するプロジェクトを「コンスタンティヌス主義」(Constantinianism)と呼びました。

 それはイエス様が語った神の国の種を、別の種に「品種改良」、というよりも「品種改悪」する試みでした。

 指導教授だったHauerwasは、コンスタンティヌス主義について、こんなことを言っています。

 「神は一人の幼子を通してローマ皇帝に戦いを挑んだにもかかわらず、コンスタンティヌスが登場すると、教会の指導者たちは、皇帝がキリストの御姿に変えられるとは考えられないので、ローマ皇帝の似姿にイエス・キリストを変えることにしたのだ。」

 ローマ帝国の現実に合わせて、戦争による領土拡張と武力による統治を正当化し、ローマ皇帝に受け入れ可能なものに信仰を「修正」した結果、新約聖書時代の教会がまったく知らなかった、想像すらできなかった、新しい「キリスト教倫理」の伝統が生まれました。

 それは「正戦論」(Just War theory)と呼ばれるものです。正戦論は「あなたの敵を愛し、敵のために祈りなさい」というイエス様の教えを捻じ曲げて、「戦争で敵を殺すときには、愛をもって殺さなければならない」と教えるようになりました。

 西洋諸国の帝国主義は、この正戦論に支えられてきました。先住民から土地と資源と命を奪う植民地獲得戦争も、すべて、正戦論に支えられてきました。

 第2次世界大戦以降、「正戦論」を振り翳して最も多くの戦争を戦っているのは、ワールド・カップを開催している最中に、1万キロも離れたイランに爆撃をし、これを「自衛」のための攻撃と主張するアメリカです。

 日本は、西洋の帝国主義クラブのメンバーとなり、東アジアの国々を侵略し、植民地とした、アジアで唯一の国です。そのことを絶対に忘れてはなりません。

 戦時中、本郷教会牧師であった渡瀬常吉 (1867-1944)は「日本化されたキリスト教は、大日本帝国にとって最高の支えである」と言いました。

 日本キリスト教団の初代統理者となった富田満は、「日本基督教団より大東亜共栄圏に在る基督教徒に送る書翰」という公開書簡を書いています。彼はその中で、天皇の軍隊のために祈り、その戦争を支えることは、東アジアのクリスチャンの義務だと言いました。

 神戸教区主教であった八代斌助は、「八紘一宇の理想」は「我らのひとつなる如く……」の主イエスの豫言的祈禱であり、天皇の軍隊の戦争は、イエスの御心を成就する戦争だと言いました。

 ローマ帝国の教会が、イエス様が宣べ伝えた神の国の福音という種を、ローマ帝国に仕えるキリスト教という種に変えたように、日本の教会も、宣教師たちから受けたキリスト教の種を、大日本帝国に仕えるキリスト教という種に変えました。

 私たち日本のクリスチャンも、この国の帝国主義と植民地主義を支えるために、軍国主義者たちに受け入れられるものに信仰を改変したという歴史を負っています。 それでも、私たち人間は変わるこができます。もちろん、変化は自動的には起こりません。

 けれども、認識の枠組みを疑い、過去の過ちに気づき、自分を変えることができる。それが人間という存在です。

 私たちが、イエス様自身に帰り、彼の言葉を注意深く聞こうとするなら、そして私たちが変えられることを受け入れようとするなら、神様は私たちを、30倍、60倍、100倍の実を結ぶ「良い地」に変えてくださるでしょう。

 武力をもって十字架の上で殺されたイエスを、死から新たな命に起こし、女性たちの前に現された命の神が、私たちを「良い地」に変えてくださいますように。