復活節第4主日 説教

2026年04月26日(日))復活節第4主日

使徒言行録 2:42-47; Iペトロ2:19-25; ヨハネ10:1-10

「10 盗人が来るのは、盗んだり、屠ったり、滅ぼしたりするためにほかならない。私が来たのは、羊が命を得るため、しかも豊かに得るためである。」

 旧約聖書の中ではしばしば、羊と羊飼い、ないしは牧者という言葉は、民衆と支配者との悲劇的な関係を描くために用いられます。

 例えば、エレミヤ書の23章にはこのような言葉があります。

 「1 災いあれ、私の牧場の羊の群れを滅ぼし、散らす牧者に。」「2 あなたがたは、私の羊の群れを散らし、追い払い、顧みなかった。そこで、私はあなたがたの悪行を罰する。」

 今日の福音書朗読の物語も、盗み、屠り、命を滅ぼすユダヤ人社会のエリートたちと、命を与えるイエス様との対比を、羊と羊飼いという言葉で表しています。

「8私より前に来た者は皆、盗人であり、強盗である」という言葉は、エルサレムの神殿中心体制を支えていたユダヤ人エリートたちの姿を見事に表しています。

 ユダヤ人の民衆は、ローマ帝国の圧政のもとで苦しめられていただけではなく、ユダヤ人エリートからの搾取にも苦しんでいました。

 エルサレムの神殿は、政治と宗教と経済の中心であり、その体制を支える祭司長と祭司を中心とした神殿当局者たちは、神殿貴族と呼ばれました。

 一般庶民たちは、2日分の労働賃金にあたる半シェケルを、毎年、神殿税として収めなければなりませんでした。

 さらにユダヤ人は、聖くないものに触れて汚れた時、過ちを犯した時、子どもが生まれた時等、様々な機会に、神殿で生贄を捧げることを求められました。

 ちなみに福音書の中でイエス様が癒したとされる病の多くは、回復後に、神殿で高価な生贄を捧げることを要求されるものでした。

 ほとんどの場合、生贄として捧げる動物は、神殿の境内で生贄用として売られているものを買うことになりますが、その価格は市場価格100倍にも上ったと言います。

 その上、神殿の境内での買い物のためには、ローマの貨幣を神殿貨幣に両替する必要がありました。その両替手数料は25%から30%に上ったと言われます。

 ユダヤ人の貧しい農民は、毎年の収穫の40%をローマ帝国に、さらに26%を神殿貴族によって収奪されました。

 土地を借りて耕し、作物を作る農民たちの手元には、収穫のわずか30%しか残りませんでした。

 イエス様がなぜ神殿を強盗の巣と呼んだのか、なぜ、その崩壊を予告したのか、合点がいきます。

 ところが皮肉なことに、羊たちは往々にして、自分の命を犠牲にする者たちの声を聞き、そういう人間を羊飼いにしてしまいます。

 今年の「1年の歩み」の中にも書きましたが、1995年以降、日本では猛烈な勢いで貧困化が進んでいます。

 1995年に1万円で買えた食料を買うために、現在は約1万5千円が必要です。

 1995年に550万円でできた生活を今するためには、660万円が必要です。

 ところが1995年に約550万円だった所得中央値は、現在、420万円以下に激減しました。

 さらに1995年には30%台半ばだった税金と社会保険料は、現在46%から48%です。手取り額(可処分所得)の目減り幅は、(660-420=)240万円どころではありません。

 しかし驚くべきことに、ごく少数の輸出依存産業だけが、「過去最高」の利益を出し、内部留保と株価の最高値を更新し続けています。なぜ、そのようなことになるのか。

 話しは単純で、この国の羊飼いが、エルサレムの神殿当局者と同じことをしているからです。

 過去30年以上に渡って、同じ羊飼いが、アメリカと1%の富裕層のために働いてきたからです。

 来年度からはさらに、軍事力増強のために、1%の増税が行われることが決まっています。

 ヨハネ福音書の著者は、羊たちは自分に命を与える羊飼いの声は聞くけれども、羊の命を危うくする盗人や強盗からは逃げ去っていくのだと言います。

 ところがどういうわけか、多くの人々は、自分たちに破滅をもたらす者たちの声を聞き、そういう人間たちを羊飼いにしようとするんです。

 それは自称クリスチャンたちも同じです。自分は敬虔なクリスチャンだとのたまうアメリカ人の多くが、金儲けと人殺しに明け暮れる人間を羊飼いに選ぶことからも、それはわかります。

 この国の羊飼いたちは、昨年の10月から、日本でビジネスをする外国籍の人々に関するルールを、大幅に変更しました。

 要求される資本金額は「500万円」から6倍の「3千万円」に跳ね上がり、1名以上の常勤職員は、「日本人か永住者」といいう実質的な国籍条項まで設けられました。

 この結果、多くのインド・カレー屋さん、ケバブ屋さん、アシア系レストランなどが廃業に追い込まれ、街から姿を消すことになるだろうと言われています。

 一体、これは誰のためのルール変更なのでしょうか?

 「外国人の話で自分には関係ないや」と思う人もいるかもしれませんが、「外国人」をターゲットにした差別や抑圧は、必ず、巡り巡って、自分のところに帰ってきます。

 スポーツ好きの方はご存知かもしれませんが、ラグビーの世界では、日本人に対するあからさまな差別がすでに始まりました。

 ラグビーのリーグワンで、来シーズンから新しいカテゴリー制度が導入されることになっていますが、新たな規定は海外出身の選手たちに対するあからさまな差別条項を含んでいます。

 新たな規定は、出場制限のない選手として登録できるのは、「小中学校の義務教育期間(9年間)のうち6年以上を日本で過ごした」ことを条件としています。 この規定は、日本代表として長年活躍してきた選手や、日本に帰化して長くプレーしてきた選手に対して、こう言っているのです。「あなたたちは日本人として認められていません」。

 2019年のワールドカップ(W杯)で日本初の8強入りに貢献した選手の一人、中島イシレリはこう言います。

 「裏切られたような思い。レイシストがルールをつくってしまっている。日本がそんなことをするとは思わなかった。(新規定になるなら)引退を考えています」。

 私たちは今、イエス様の時代と同じように、盗んだり、屠ったり、滅ぼしたりする盗人が、羊飼いの座についている、極めて危険な世界に生きています。

 そのような世界で、命を守り、命を育む者として生きるためには、ナザレのイエスの声を聞き分けられる者でなくてはなりません。

 イエス様を死から新たな命へと起こされた神様が、イエス様の声を聞き分ける耳を、私たちに与えてくださいますように。