









2026年5月31日(日)三位一体主日
創世記 1:1-2:4a; IIコリント13:11-13; マタイ28:16-20
先週の日曜日で2月18日から始まったイースター・シーズンはようやく終わりを迎えましたが、今日は「三位一体主日」ということで、まだ「日常」、Ordinaryモードには入っていません。
今朝の福音書朗読はマタイ福音書の最後の章から取られています。
イエス様はそこで、イスカリオテのユダを除いた12使徒ないしは12弟子のメンバーたちに、すべての民の中から弟子を生み出し、父と子と聖霊の御名によって、つまり「三位一体の定型文」を用いて、洗礼を授けるようにと命じたということになっています。
そしてこの箇所は、「父と子と聖霊の御名によって授けられた洗礼は、教団教派を問わずに有効だ」という神学的な根拠になっています。
私はプロテスタントの福音派の教会で洗礼を受けて、一旦ローマ・カトリックになり、そして聖公会に落ち着いた人間ですが、洗礼は一度しか受けていません。
私が洗礼を受けた教会のキリスト教と、ローマ・カトリックのキリスト教との間には、非常に大きな、そして多くの違いがあります。
それにも関わらず、「父と子と聖霊の御名によって授けられた洗礼は有効だ」ということで、私は1回しか洗礼を受けていないんです。 ところが「父と子と聖霊の御名によって授けられた洗礼は有効」という話しを、新約聖書が書かれた時代に当てはめようとすると、非常におかしなことが起こります。
どんなことが起こるのかと言うと、1世紀に洗礼を受けた人たちはクリスチャンではなかったことになったり、彼らの洗礼は無効だということになったり、極めつけは、1世紀のJesus Movementの活動員たちの大部分は「異端」だったという話しになるんです。
使徒言行録を書いた人は、福音がエルサレムから始まって、全世界に広まったという「宣教拡大物語」を描こうとしました。
ところがエルサレムから遣わされた人たちが宣教旅行に出かけて行った先々に、すでに別の流れのJesus movementが存在していて、独自の活動をしていました。
サマリアにはすでに、イエス様の弟子たちの群れが、教会が存在していました。
しかも彼らは「父と子と聖霊の御名」によってではなく、「イエスの名」による洗礼を受けていました。
アポロという有名な伝道者が所属していたエフェソの教会も、エルサレム教会ともパウロの宣教活動とも接点の無い教会でした。
しかもアポロも他のメンバーたちも、ヨハネの洗礼しか受けていなかったようです。
パウロの門下生である使徒言行録の著者は、福音宣教をすべて、エルサレム教会とパウロの宣教活動に繋げたいという野望を持っています。
そのために著者は、サマリアやエフェソの教会のメンバーたちが再洗礼を受けたという物語を書きました。
ところが、パウロがアポロと他のエフェソの教会のメンバーたちに再洗礼を授けるとき、「父と子と聖霊の名」によってではなくて、「主イエスの名」によって洗礼を授けたと書かれています。とても興味深いことです。
1世紀のJesus Movementは中心を持たない運動でしたから、ある教会が、他の教会に対して、何かを命じるとか、強制するなんてことはできませんでした。
ですから、使徒言行録に書かれているこの再洗礼の話しは、歴史的にはありそうにない話しです。
むしろ重要なことは、ルカ福音書の著者が、アポロとエフェソの教会のメンバーに再洗礼を授ける物語を生み出した時点においても、「父と子と聖霊の御名」による洗礼が、定式化も普遍化していないということです。
「ナザレのイエスに出会う」という勉強会の中でも度々言うことなのですが、Jesus movementの最初期には、大きな多様性がありました。
教会は画一的でも一枚岩でもありませんでした。サマリアの教会とエルサレムの教会は違いますし、エフェソの教会とコリントの教会とローマの教会も互いに違いました。
ですから、451年のカルケドン公会議で規範文法となった三位一体論を振りかざして、どの洗礼は有効でどの洗礼は無効かとか、「あいつは異端だ!」なんて話しをすることが、信仰生活を豊かにするとも、聖マーガレット教会を成長させることに繋がるとも思えません。
私はむしろ、三位一体という教義を生み出し、普遍化しようとした人間の心の闇と、絶対的正しさを追求するときに発動する暴力に目を向けることの方がずっと重要だと思います。
信仰に関わる事柄について、真理を探究することや、正しい理解を追い求めることは必要なことです。
そのために激しい議論が交わされることだって、時にはあるでしょう。
それを放棄すれば、私たちは統一教会を批判することもできなくなりますし、カルト化を避けることもできません。
けれども、すべての人が同じように考え、同じように理解し、同じことを言うことを求め始める時、信仰は真理の探究であることやめて、力の追求になります。
Philip Jenkinsというアングリカンの歴史家は、歴史の中で、ある理解、ある解釈が、正統教義になるか、あるいは異端になるかを決めるもっとも大きな要因は、ローマ帝国の政治状況だったことを指摘しています。
そして帝国の政治状況に乗じて自分の立場を絶対的な真理として強制しようとするとき、暴力が行使されます。
正統教義が生まれる歴史の大きな悲劇は、アリウス派もアタナシウス派も、単性論者も両性論者も、どの立場の人々も、「真理が暴力によって明らかになることはない」とも、「暴力による強制は真理に反する」とも言わなかったことです。
イエス様は敵を愛し、敵のために祈れと命じ、弟子たちに報復することを、敵を殺すことを禁じました。
しかし、どの立場の人たちも、「絶対的に正しい信仰」を普遍化するためならば、自分と違う理解をする人たちを殺しても構わないと思っていました。
「正しい信仰」を掲げる者たちがあまねく、ナザレのイエスが絶対に受け入れないことを、当たり前のように行なっていた。
そのことそのものがキリスト教の罪を、正統教義を生み出した教会の闇を指し示しています。
私たちも、「三位一体」という教えを生み出した人たちと同じように、信仰に関わる事柄について、より正しい理解を追い求めます。
真理を探究し続ける教会でなければ、過ちに向き合い、方向転換をし、新たな道を歩むことはできないからです。
しかし私たちは、真理を力によって普遍化することを求めはしません。幸いなことに、私たちは「正しい信仰」を強制する力を持ち合わせていません。それは大いに感謝すべきことです。
むしろ私たちは、ナザレのイエスが語られた神の国を生きることを追い求めます。
死すべき体にあって生きる命を愛おしみ、共に集まる一人一人が、豊かさと、喜びと、平和を味わうことのできるコミュニティーになることを祈り求めます。
それが、ナザレのイエスを通して神様が示された、永遠の命への道だからです。
聖マーガレット教会が、イエス様を通して現された真理を生きる共同体であることができますように。
